すべての道は鳥取に通ず 古本屋ふまじめ乱読日記

幼少から本に囲まれた人生を過ごしてきた古書店の店主が、どこかしらに「鳥取」と縁のある本を、独自の視点で掘り下げるエッセー。また店主自らが描くオリジナルの挿絵にも注目。

文・イラスト/前田 環奈

若冲を〝発見〟したアメリカ人

 その画家を知ったのは、1999年のこと。強烈な個性を放ちながらも、圧倒的なバランスと色彩感覚に裏打ちされた画面は、洋画にも日本画にも類を見ない唯一無二のものだった。

 伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)(※1)。

 すっかり心を奪われた私は、彼の画集を求めて書店をはしごした。しかし当時、〝マイナー絵師〟若冲の手頃な画集は皆無に近く、私は唯一見つけた薄い洋書のような本を毎日大事に眺めては、憧れを募らせていた。あれから20余年、若冲の劇的な復活は、誰もが知る通りだ。

 本書の主人公、ジョー・D・プライス(1929-2023)は、日本人ですら若冲を忘れ去っていた時代に、自らの感性のみを信じ、生涯を江戸絵画のコレクションと伝道に捧げた人物だ。現在の「若冲」人気は、アメリカで孤独な収集を続けた彼と、同時期の日本で画期的な論説を発表した(つじ)(のぶ)()(※2)の2人の功績によるところが大きい。

 私の学生時代、日本美術史の講義で教壇に立っていたのが、この辻先生だった。先生の穏やかな語り口にしばしば眠気を誘われていた私は、熱意溢れる学生とは言い難かったが(大変後悔している)、講義の合間に時折「プライスさんが…」と親しげに言及されたことを覚えている。辻先生にとってプライス氏は、海の向こうのライバルであると同時に同志だったのだろう。投資目的のコレクターも多い中、只々(ただただ)愛した絵を買い、それらを社会と共有することを惜しまなかったプライス氏は、妻のエツコさん曰く「善良な」人だった。

 昨夏、新聞にひっそりと、そんなエツコさんの訃報が載った。夫の偉大な夢の懸け橋であり続け、彼を追うように逝った彼女が鳥取の人だったことを、私はそのとき初めて知った。悼むと同時に、無知な自分を恥じた。

※1……伊藤若冲(1716~1800)花鳥画を得意とした江戸期の画家。代表作『動植綵(どうしょくさい)()』(国宝)。
※2……辻惟雄(1932~)美術史学者。著書『奇想の系譜』(美術出版社、1970年)は、伊藤若冲はじめ、岩佐(いわさ)又兵衛(またべえ)()我蕭(がしょう)(はく)ら〝異端〟と軽視されてきた江戸期の画家の再評価のきっかけとなった。

若冲になったアメリカ人 ジョー・D・プライス物語

著者:ジョー・D・プライス 山下裕二
出版社:小学館
発売日:2007年6月18日
サイズ:幅135mm×高さ193mm

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【Profile】
前田 環奈(まえた・かんな):文・イラスト

古本屋「邯鄲堂」店主。その昔、ラムネ工場だった古民家をリノベーションした店の帳場で、本の販売をしたり、陶磁器の修理(金継ぎ)をしたり、文章を書いたり、イラストを描いたりしている。

■邯鄲堂(かんたんどう) http://kantando.blog.fc2.com