日本の宝箱〝トーハク〟
東京国立博物館。通称〝トーハク〟。
JR上野駅から上野公園内を歩いて数分のこの場所に、学生時代の私は何度足を運んだことだろう。長谷川等伯の松林図屏風、尾形光琳の八橋蒔絵螺鈿硯箱、遮光器土偶……ここでは入館料さえ払えば、いとも無造作に生の〝スター国宝〟ご本人と対面できる。初訪問の衝撃は忘れられない。鳥取の片田舎から上京したてだった私にとって、そこは夢の宝箱だった。
奇想の建築家・藤森照信と現代の絵師・山口晃の目線で日本最強の博物館〝トーハク〟を徹底的に探検する本書。曲者2人の着眼点は収蔵品にとどまらない。特に、明治5年の開館以来、それぞれの時代の〝日本の威信〟をかけて設計されてきたという各展示館や、移築保存されている建築物に関する章は発見の連続だ。格調高い本館エントランスの反対側に、庭園を望むイスラム風の休憩室があったなんて!その庭園に、小堀遠州をはじめとする名だたる茶人が手掛けた茶室が点在するなんて!
展示の見どころはまだある。トーハク正門横に静かに佇む威風堂々たる武家門。江戸時代末期の創建といわれ、東京大学の〝赤門〟(※1)に対して〝黒門〟と称される「重要文化財」だ。何を隠そうこの門、鳥取藩池田家の江戸上屋敷門(※2)なのであるが、もちろんそんなことを知る由もなかった私は、いつも鼻をほじりながら素通りしていた。
どうやら私は慣れ親しんだ(つもりでいた)この博物館について、ほとんど何も知らなかったらしい。近い将来、改めてトーハクのために一日を潰すと心に決めた。
※1 元は加賀藩前田家の御守殿門。赤門は、将軍家の娘が輿入れをした証。
※2 正式名称は「旧因州池田屋敷表門」、トーハクには1954年に移築。