すべての道は鳥取に通ず 古本屋ふまじめ乱読日記

幼少から本に囲まれた人生を過ごしてきた古書店の店主が、どこかしらに「鳥取」と縁のある本を、独自の視点で掘り下げるエッセー。また店主自らが描くオリジナルの挿絵にも注目。

文・イラスト/前田 環奈

鳥取に映画がやってきた!

 浅田次郎の短編集『月のしずく』のなかの一編『銀色の雨』は、昭和の大阪で孤独な魂を寄せ合う、いびつな男女3人の共鳴の物語だ。もう15年近く前になるが、この作品が、北海道の映画監督によって、鳥取県西部に舞台を変えて映画化されたことを、皆さんは覚えているだろうか。

 2008年12月13日午前4時37分、鳥取発米子(よなご)行きの始発はがら空きだった。北海道のローカルテレビ番組『水曜どうでしょう』の20年来のファンである私はこの日、同番組の生みの親にして出演者、そして『銀色の雨』の監督である鈴井(すずい)貴之(たかゆき)氏の雄姿を何が何でも一目見たくて、仕事を休んで市民エキストラに参加したのだ。

 当日の撮影地は米子コンベンションセンター。映画オリジナルのボクシングの試合シーンのために、屋内にリングが組まれ、早朝から300人のエキストラが集められた。ボクサー役に俳優の中村()(どう)さんと(おと)()(たく)()さん。鈴井監督の演技指導の下、ド素人のエキストラたちもめいめいが〝白熱の試合の観戦客〟になりきり、リング上の俳優陣の熱演を後押しした。

 夢のように撮影は終わり、やがてクランクアップした映画は、米子市を皮切りに、県内で順次先行上映と舞台挨拶が行なわれた。鳥取市内唯一の映画館、「鳥取シネマ」に鈴井監督が降り立ったときの、割れんばかりの拍手と立見席までいっぱいの観客の笑顔(私はもちろん仕事をサボって駆け付けた)。あの瞬間、街の小さな映画館は、晴れやかに誇らしげに躍動していた。

 スクリーンを血眼で探しても、午前3時起きで撮影に挑んだ私の一世一代の名演技はどこにも映っていなかったけれど。

『月のしずく』 

著者:浅田次郎
出版社:文藝春秋
発売日:2000年8月4日(文春文庫)
サイズ:幅105mm×高さ151mm

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【Profile】
前田 環奈(まえた・かんな):文・イラスト

古本屋「邯鄲堂」店主。その昔、ラムネ工場だった古民家をリノベーションした店の帳場で、本の販売をしたり、陶磁器の修理(金継ぎ)をしたり、文章を書いたり、イラストを描いたりしている。

■邯鄲堂(かんたんどう) http://kantando.blog.fc2.com