すべての道は鳥取に通ず 古本屋ふまじめ乱読日記

幼少から本に囲まれた人生を過ごしてきた古書店の店主が、どこかしらに「鳥取」と縁のある本を、独自の視点で掘り下げるエッセー。また店主自らが描くオリジナルの挿絵にも注目。

文・イラスト/前田 環奈

歴史に死に、伝説に生きた男

 血で血を洗う野心の時代に、ただ桁外れの戦の才だけを持って彗星(すいせい)のように現れた源義経。彼は、自身が放ったまばゆい輝きのために、敬愛した実の兄に疎まれ、殺された。鎌倉幕府樹立に至る立役者の一人でありながら、無邪気に愛を信じ、それに裏切られて散ったこの悲劇的な若武者の姿を、本作はじめ、日本人は今日まで、数多(あまた)の芝居や物語に託して(しの)んできた。

 義経の兄・頼朝にはブレーンともいうべき人物がいた。鎌倉幕府を支えた文官(※1)、大江(おおえの)広元(ひろもと)。朝廷の下級官僚出身で、いわばヘッドハンティングで頼朝のもとに来た彼は、情を行動原理とする義経とは正反対の「知」の男だった。広元は、弟の軽率な言動に危機感を募らせる頼朝を最も近くで観察し、幕府の礎を揺るがす〝不安要素〟を、静かに排除へと導いた。

 実はこの広元、のちの戦国大名・毛利氏の祖と言われ、因幡(いなば)(のかみ)(※2)を務めた人物でもある。鳥取県八頭(やず)町に今も残る「大江」の地名はその名残で、同町内の大江神社を氏神として崇敬したとも言われる。今年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でも、序盤から出ずっぱりの重要人物だが、「(ゆかり)の地」であるはずの鳥取県で特に話題にのぼらないのは、PR下手な県民性のためか、広元に義経のようなスター性がないためか……。

 自らの理想に溺れ伝説世界の住人となった義経だが、往々にして歴史は、頼朝や広元のような〝ちょっとイヤな男〟が築いていく。彼らが天下の情勢を(にら)む一方で、兄の怒りのわけすら理解できず困惑する、本作の義経の純情は、哀れというより、むしろ愚かですらあった。

※1 軍事以外の行政事務を取り扱う役人
※2 中央から派遣され、因幡地方を統制する役職。広元は元暦(げんりゃく)元年(1184年)に任官

『義経』(上・下)

著者:司馬遼太郎
出版社:文藝春秋
発売日:2004年2月10日(文春文庫新装版)
サイズ:幅105mm×高さ151mm

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【Profile】
前田 環奈(まえた・かんな):文・イラスト

古本屋「邯鄲堂」店主。その昔、ラムネ工場だった古民家をリノベーションした店の帳場で、本の販売をしたり、陶磁器の修理(金継ぎ)をしたり、文章を書いたり、イラストを描いたりしている。

■邯鄲堂(かんたんどう) http://kantando.blog.fc2.com