もの知り学芸員のケンパク宝箱究め話

自然史・歴史・民俗・美術工芸に関する資料を総合的に研究し展示する「鳥取県立博物館」。各分野のエキスパートである学芸員が、収蔵品にまつわる〝究め話〟を紹介。あなたの知らない鳥取県のお宝、たっぷり魅せます。

研究者の情熱を今に伝える一標本

【イコマウメノキゴケ】

 木の幹や石垣の表面などに張り付いている、あの「模様」のような存在。ほとんどの方が気づかずに通り過ぎているかもしれません。「地衣類(ちいるい)」という生き物で、その多くが乾いているときは灰色味を帯びていて、景色の中に溶け込んでいます。

 その一種である「イコマウメノキゴケ」は1950年、鳥取県の生き物を熱心に研究していた生駒(いこま)(よし)(あつ)氏(1918–2007)によって、鳥取市栗谷(くりたに)から太閤ヶ(たいこうが)(なる)地区にかけて生えていたアカマツから採集されました。生駒氏は教員として高校に勤めるかたわら、特に地衣類の研究に打ち込み、父の義博氏とともに県の自然史研究の礎を築いた人物です。

 生駒氏は戦時下、陸軍に入隊したため研究を一時中断しましたが、戦後混乱期のなかでも研究への情熱を失うことはありませんでした。鳥取市で採集した多くの地衣類標本を、当時、東京帝国大学の教授で地衣類研究の第一人者である朝比奈泰彦博士(18811975)に送り、自身で調べた標本の種名の確認や未知種の同定(※)を依頼し続けます。博士を訪ね、直接指導を受けた記録も残されています。

 こうした熱意が実を結び、1953年に新種「Parmelia ikomae(イコマウメノキゴケ)」が朝比奈博士によって発表されました。学名と和名は、採集者である生駒氏への献名です。鳥取県立博物館には、このとき新種記載の基準となった標本を分割した「副基準標本(アイソタイプ)」が収蔵されています(写真)。これは分類学的に極めて価値のある、いわば〝種名の基準〟となる貴重な資料です。

 「イコマウメノキゴケ」は全国的に記録の少ない地衣類で、鳥取県では1950年の採集以降、75年間、新たな記録がありません。当館は、県の貴重な自然史資料であると同時に、生駒氏が郷土の生物研究に注いだ情熱を今に伝えるこの標本を、これからも大切に守り伝えていきます。

※対象についてそれが「何であるか」突き止めること

※テキストの流用や写真・画像の無断転用を禁止します。

【執筆者】
鳥取県立博物館・学芸員 宮澤 研人
植物、菌類、地衣類など動物や昆虫以外の生物を担当。専門は地衣類。