裸の大将が見た鳥取
イガグリ頭に白いランニングシャツ。リュックサックに短パン。下駄ばき。そしておむすび。
これらの要素を列挙しただけで、ある年代以上の日本人の脳裏にもれなく浮かぶ人物がいる。〝日本のゴッホ〟〝裸の大将〟などと呼ばれ、テレビドラマや映画の主人公のモデルとしても人気を博した天才画家・山下清。本書は、日本各地を旅した画家本人が著した旅行記だ。
言語障害と知的障害を持っていたという山下の文章は、素朴だが時にドキッとするほど鋭く、痛快だ。お忍びで日本各地を一人放浪していたイメージが強いが、実際の彼の旅は、そう呑気なばかりでもなかったらしい。特に画家として有名になって以降は、後見人の式場隆三郎(※1)に伴われて、展覧会や作品制作のための〝公式行脚〟の機会が多くなった。鳥取駅では、山下いわく「式場先生とその友達」の吉田璋也(※2)が待ち構えていて、鳥取砂丘へ「なんべんも(絵を)かきにつれてゆかれた」と少々うんざりした様子で書いているのがおかしい。このとき制作し、本書にも掲載されているペン画『鳥取砂丘』は、2025年に開館した鳥取県立美術館に収蔵された。
アウトサイダー・アート(※3)という言葉が生まれる前夜、日本のアート界に衝撃を与えた巨星。そんな彼の目が見た鳥取は、どこか滑稽でのんびりしていて、新鮮な気づきにあふれている。
※1…精神科医。山下清が入所していた八幡学園(千葉県)の顧問医を務めた。文学、芸術に造詣が深く、山下の才能を高く評価し後援した。
※2…鳥取市出身の医師。鳥取民藝美術館(鳥取市)を開館した民藝運動家で、鳥取砂丘の保護活動にも尽力した。式場隆三郎とは新潟医学専門学校(現新潟大学医学部)の同級生。
※3…既存の美術界に属さず、美術の正規教育を受けていない人によって、意図せず生み出される芸術作品のこと。