すべての道は鳥取に通ず 古本屋ふまじめ乱読日記

幼少から本に囲まれた人生を過ごしてきた古書店の店主が、どこかしらに「鳥取」と縁のある本を、独自の視点で掘り下げるエッセー。また店主自らが描くオリジナルの挿絵にも注目。

文・イラスト/前田 環奈

おいしいふるさと

 あれはもう四半世紀も前のこと、東京で一人暮らしを始めたばかりの秋だった。下宿近くのスーパーで、初物の梨が山積みにされているのを見て、私は激しい衝撃を受けた。

 売り場が、茶色で溢れていたからだ。

 鳥取の梨農家の孫に生まれた私にとって、梨とは、爽やかな酸味とみずみずしい歯ごたえの〝緑色〟の果物である。それなのに、東京のスーパーにおける梨は圧倒的に茶色であり、緑色の「二十世紀(にじっせいき)梨」はレアな脇役扱いを受けていた。

 優しい甘さと柔らかな果肉をもった茶色い梨もおいしいけれど、今でも二十世紀梨をかじるたびに、ああ、私の梨はやはりこれだ、と感じるのだ。40年以上生きてきて、世の中には風味絶佳の美食があまたあることを知ったけれど、幼少期に実家の食卓で刷り込まれた味への愛着から、私の舌は逃れることができない。

 食いしん坊の著者が思いつくままに古今東西の味を(つづ)った本書には、鳥取県北栄町(ほくえいちょう)で行われる地引網漁も登場する。地引網で取れる魚の格別のうまさを、口をそろえて自慢したという地元の漁師さんたちにとって、その味は、何物にも代えがたい、母なるふるさとの海の味なのだろう。国内外の食に通じたリンボウ先生(※)の話題も、やはり最後は、子どものころに親しんだ、懐かしくも素朴な味の話題に行きつくから不思議だ。

 外出した日に家族で食べた洋食、鯨の竜田揚げ、母の作る俵型のコロッケ……

 都会で暮らす私の弟も、帰省のたびに、濃厚で甘みのある鳥取独特の刺身しょうゆを買い求める。刺身だけは、これでなければ落ち着かないという。飽食の街を肩で風切り歩く彼もまた、山陰の片田舎に舌をとらわれたままなのだと思うと、なんだかほほ笑ましい。

※林望(はやし・のぞむ)の愛称

『いつも食べたい!』

著者:林 望
出版社:筑摩書房
発売日:2013年1月10日(ちくま文庫)
サイズ:幅105mm×高さ148mm

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【Profile】
前田 環奈(まえた・かんな):文・イラスト

古本屋「邯鄲堂」店主。その昔、ラムネ工場だった古民家をリノベーションした店の帳場で、本の販売をしたり、陶磁器の修理(金継ぎ)をしたり、文章を書いたり、イラストを描いたりしている。

■邯鄲堂(かんたんどう) http://kantando.blog.fc2.com